表面を写しているように見える写真は、たいてい継ぎ目を写している。砂と水、苔と石、雪と砂利、塗装と錆——一種類の素材は画面を礼儀正しく満たすが、多くは語らない。二種類が一本の縁を共有した途端、そこに関係が提案される。どちらかが必ず、より古いか、より濡れているか、あるいは相手を今まさに引き取りつつある。
その線自体はめったにまっすぐでなく、休んでもいない。水はそれを細くほつれた曲線として描き、数秒ごとに描き直す。霜は、落ちた場所の木目や織り目に沿った房飾りとして描く。地衣類の描き方は遅すぎて、写真には動きが写らない。写るのはこの言い争いの現在位置だけだ。真上から見ると分かりやすい。高さが二つを平らな地図に変え、境界を地平線ではなく「かたち」として読ませてくれる。
背景としては、この種の画像は静かに使い勝手がいい。主役のいない変化があるのでアイコンと競わず、目には、自己主張をやめない一点ではなく、斜めに辿っていける線が渡される。よくできたものは片側をドックが載る程度に暗く保ち、もう片側を、デスクトップが現れるたびに違いに気づく程度に明るく残している。